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11分間で読む-ナムラタ・キルパディ

女性のための安全な場所

新型コロナウイルスは、インドにおける家庭内暴力をめぐる重要な議論を加速させた

私が電話に出た時、最初は応答がなかった。しばらくすると絶望に満ちたささやき声が聞こえてきた。「ディディ(シスター)、助けてください」と。電話を掛けてきた女性は、多くの人たちと同じように、新型コロナウイルスによるロックダウンのために、家に閉じ込められているようだった。ただ、彼女の場合はただ単に家に閉じ込められているのではなく、虐待者、すなわち酒に酔って毎日彼女に暴力を振るう家族とともに閉じ込められていたのだった。彼女は、ロックダウンのために家から逃げ出すこともできず、虐待者が電話を立ち聞きするかもしれないという恐怖から警察に相談することもできないでいた。そこで命の危険を冒して、こっそりと私に電話してきたのだった。いったい私にどんな手助けができるのだろうか。

この電話は、ムンバイを拠点に活動するクオリティリサーチャーのメル・ヴァシシュトに言わせれば、国連が私たちに警告しているところの「影のパンデミック」であるドメスティックバイオレンスを明るみに出すきっかけとなるものだ。新型コロナウイルス感染対策としてのロックダウンは、結果としてドメスティックバイオレンスの犠牲者が虐待者とともに家に閉じ込められ、助けを求めることができないという状況を生み出しているのである。 

モディ首相が、結局80日近く続くことになった全国的なロックダウン実施日の前夜に13億人強の国民に家に留まるように呼びかけた時、「自宅で安全に過ごしてください」という言葉を使った。この時、首相は虐待を受けている多くの女性にとっては、家に引きこもることが危険につながることに無自覚だったようだ。彼女たちにとって、強制的なステイホーム命令は、「安全な」ロックダウンどころか、人質になる危険にも等しいものに感じられたことだろう。

サイレントパンデミック 

活動家や研究者たちは、自分たちが抱く懸念を当初から表明していた。おそらく、そうした警告の引き金となったのは、ヘルプラインに掛かってきた電話の数が極端に減ったことだった。ヘルプライン活動をしていて気づくこうした変化は、危険を知らせる赤信号、すなわち助けを得られないという女性からのサインなのである。全国的なロックダウンの最初の3週間において、ニューデリーに本拠を置くNCW(国家女性委員会)が発表したデータによれば、ジェンダーベースの暴力事件は2倍増となっている。「私たちのもとには、2020年の3月25日から5月31日の間に合計で1,476件の告発が寄せられました。実際の件数はもっと多いことでしょう。インドにおけるドメスティックバイオレンス事件の報告件数が、週を追って増加していることは悲しむべきことです」とNCW会長のレカ・シャルマは語っている。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究者が、4月から5月にかけてNCWが受け付けたドメスティックバイオレンスの告発事例を政府が指定したレッド、グリーン、オレンジのゾーン(新型コロナウイルスの陽性件数によって評点付けしたもの)上にマッピングした。この研究から明らかになったことは、ドメスティックバイオレンスの告発件数は、グリーンゾーンと比較して移動が厳しく規制されているレッドゾーンでは131%も多かったのである。 

The Indian Express(インディアンエキスプレス)で報道されたように、UCLAの研究からは、「同期間内のハラスメント、性的暴行、レイプの事件件数は減少しているが、これは公共スペース、公共交通機関、職場に出る機会が減少したことと関連していると思われる。もうひとつ顕著なことは、Googleの検索で『ドメスティックバイオレンス・ヘルプライン』の件数が急増していること」も明らかになっている。

ヘルプラインのスタッフも、家に閉じこもっていなければならないため身動きがとれず、支援が必要な状況にある。こうした状況を受けて、女性の権利を掲げる活動家であるアンジェリカ・アリバムとキルティ・ジャヤクマルは“Behind Closed Doors(閉じられたドアの内側で)”という名のキャンペーンをChange.org上でスタートさせた。 このキャンペーンは、ヘルプラインなどの暴力防止サービスを政府主導の女性の安全プログラムファンドを利用して活性化させることを求めるものであった。このファンドは、2012年12月に首都ニューデリーで5人の残忍な男たちに輪姦、殺害された女子医学生の名前をとって命名された。被害者の名前を公の場で使用することは法律で禁止されているので、インドのメディアは彼女を “Nirbhaya(ヒンディー語で「恐れを知らない、勇敢な」の意味)”と呼んでいる。

アンジェリカとキルティは彼女たちの訴えを受けて、「ロックダウンの期間中、家に留まることによってドメスティックバイオレンスの被害者となっている女性たちに安全な避難場所を提供しようという計画はありません。旅行するためには官僚主義的な警察の許可手続きが待ち構えており、生家など安全性が高い場所へ直前の申告だけで出かけることは事実上不可能な状況になっています。公共輸送機関も全面休止状態です。ただでさえ利用しにくい状況にある交通手段に、さらに追加で規制がかかっており、かつては利用できた脱出のための選択肢はほぼ閉ざされているのが実情です。救済手段が制限されているうえに、さらに長期間にわたって虐待者と同じ家に閉じこもっていることを強制されている中で、ロックダウンは全国の被害者にとって、恐怖に満ちた、時には命に関わる状況を生み出しています。全国的なヘルプラインを機能させ、実効性のあるものとする一方で、親身になって相談に乗ることのできる、(ソーシャルディスタンスなど新型コロナウイルス感染予防策をきちんと講じられる)経験豊富な相談員を配することは、ロックダウンのもとで危険にさらされている命を救うために有効な手段なのです。」と述べている。

このキャンペーンには146,338の賛同が集まった。

NCWは、難を逃れるためには、虐待を訴え助けを求めるために、イノベーティブなデジタルツールを含めて、あらゆる可能な手段にアクセスできる環境作りが必要だと認識している。緊急措置として、NCWは女性が事件をオンラインで通知できるWhatsAppの番号を立ち上げた。これを利用すれば、1分もかけずに助けを求めるメッセージや電話を発信することができる。

「でも、その1分が命取りになりかねないのです」と語るのは、ドメスティックバイオレンスから逃れた1人の女性だ。彼女は、虐待者に捕まった状態で、SOSメッセージを入力したり、助けを求める電話を掛けることは危険で不可能だと指摘している。

ムンバイを拠点とする研究者のメル・ヴァシシュトは、他の方法があると指摘する。

友人のアルシ・チャウダリーとともに、電話で助けを求めてきた女性をどうやって支援したら良いのかという問題をめぐってブレインストーミングをしていた数分後、メルのスマートフォンが鳴った。それは、”Aarogya Setu(健康への架け橋)”というアプリを紹介するテキストメッセージだった。このアプリは、新型コロナウイルスについて双方向コミュニケーションができるインド政府提供のアプリで、発表以来40日でダウンロード数は1億件を超えた。これが「ユリイカ!(われ見いだせり-アルキメデスが発したとされる言葉)」の瞬間だったとメルは思い返す。

「まるで脳内で電球が灯ったようでした。ドメスティックバイオレンスと戦うのにAarogya Setuを使わない手はないんじゃないかとね。私たちは直ちにノートパソコンを起動し、Aarogya Setuアプリに、最寄りの警察署にSMS警報を送ることができるパニックボタンを追加するように求めるキャンペーンを政府に対して立ち上げたのです。自分の家で暴力に直面した人にとっては、アプリ上のボタンを一押しするだけで良いので、警察やヘルプラインに電話をかけるよりは安全だし、迅速な選択肢となるのではないでしょうか。」とメルは語っている。

Change.orgでは、3万5,000を超える賛同がメルとアルシのキャンペーンに集まった。

NCWは、ドメスティックバイオレンスの問題に取り組む2つのキャンペーンへのサポートを表明した。その一方で、本稿執筆の時点では、両ペアは依然として現場にいながら政府が行動を起こすのを待っている状態だ。残念なことに、あらゆるエビデンスと調査結果を添えて緊急SOSメッセージをインド政府の政策決定権者に発信しているにもかかわらず、女性子ども開発省はロックダウン中にドメスティックバイオレンスが急増する恐れを「いたずらに不安を煽るものだ」として却下している。

家庭内における男女不平等

インド政府や国内のさまざまなグループが否定してきたのは、ドメスティックバイオレンスの問題だけに留まらない。もうひとつ大きな問題は、インドの家庭における女性の無給労働である。ムンバイを拠点とするリプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)のアクティビストで最近設立したスタートアップ企業の創業者でもあるスバルナ・ゴシュは、女性の権利を拡大するための運動によって、さまざまな進展が見られたにもかかわらず、自分の生活が自分の母親世代のものと全く変わっていないことをロックダウンによって気づかされたと語っている。

「ほうきの説明書に『女性のみが使用できる』と書いてありますか?洗濯機やガスストーブのマニュアルにだって書いて無いですよね?だったら、なぜ男性たちは家事を分担しようとしないのででしょう!この3カ月間、私は夫と一緒に家に籠もって仕事をしていました。子どもたちも家で勉強したり遊んだりしていましたけどね。でも、夫は仕事だけをして、私はノンストップで仕事と家事をこなしていたんですよ。すべての家事(料理、掃除、皿洗い、洗濯機の操作、部屋を片付けて、家族4人が食事や生活に困らないように整えること)は私の責任だというのですからね。設立したばかりのヘルスケアのスタートアップの仕事をする時間なんてとてもありませんでしたよ。こんなことはインドのほとんどの家庭で当たり前のことになっているのです。それなのに、誰もこのことを取り上げようとしないのです。例外と言えば、妻たちをWhatsAppのジョークのネタにし、面白半分にからかうことですかね」とスバルナは問いかける。

OECD開発センターの報告書(2014年)のとおり、インドの男性は無給である家族の世話をたったの36分しか果たしていないが、女性は毎日同じことを6時間もしているのである。オックスファムによれば、BBCが報道したように、インドの女性と少女が毎日行っている無給の労働時間は累計で30億時間を超えている。「これを貨幣価値に換算したら、インドのGDPは数兆ルピー上乗せされることになるだろう」。

スバルナの目標はシンプルである。すなわち、男性と女性がもっと協力しあい、家事を半分ずつ分担するようにすることである。そこで彼女は、ナレンドラ・モディ首相宛にキャンペーンを立ち上げた。そのキャンペーンのタイトルは「モディ首相:あなたの次の演説で、インドの男性に家事を半分分担するように呼びかけてください」というものであった。

「モディ氏が率先して新型コロナウイルスと戦っている医療従事者への連帯を呼びかけようと私たちに訴えることができるなら、インドの各家庭で日常的に行われている女性への差別を当たり前とする不公正なあり方を是正しようと私たちに呼びかけることもできるはずです」とスバルナはライブミントのコラムニストに語っている。実は、モディ氏宛てにキャンペーンを立ち上げるという決定が、より大きなプロジェクトの一環であり、「これはモディ氏に男性だけに語りかけて欲しいと依頼しているのではないのです。何年にもわたって、私たちは家庭内における女性の労働が生産的な労働であることを国に認めさせるために戦ってきたのです」というのだ。

家庭内における無給労働をはじめとする既存の不平等は、インドにおいて長年の課題となっている。パンデミックは単にこれに追い打ちをかけたに過ぎない。もし、こうした性差による不平等を文章にするのであれば、それはボールド体でイタリックをかけて、蛍光色のグリーンでハイライトするべきことでしょう。そうすれば、今回の危機を記録する歴史文書が描かれる時には、際立って目を引くことでしょう。

オンラインによるソーシャルナラティブの変化

新型コロナウイルスの拡大を機に、伝統的な抵抗、運動構築、抗議の形態が表舞台から姿を消していったのは驚くべきことではない。インドでは、ソーシャルディスタンスのルールの実施と厳格に施行されたロックダウンによって、公共スペースでの集会、静かで平和的な集会における行進、現状への問題提起をテーマに論戦をかわす活発なパネルディスカッションの開催などは不可能な状態にある。危機意識を持つ市民が戸別訪問したり、支援を募ったり、政府ビル前に賛同者の集団を集結させることはもはやできなくなってしまった。ニューノーマルにおいては、「ログインすること」が唯一の手段なのである。

だからこそ、オンラインによる活動は、意見を表明し、緊急の問題をめぐって集結するためにいっそう不可欠なものとなっている。バーチャルスペースは、主張を同じくする人々が集まって議論や意見交換をして変化を求めるための新たな公共広場となったのである。新型コロナウイルスが拡大するにつれ、ソーシャルメディアを経由する発言やオンラインで立ち上がるキャンペーンの数も急増してきた。そして、こうした発言が対象とする問題の幅も広がりと深刻さを増しており、パンデミックが市民の命を危険にさらす度合いが大きくなるのとちょうど軌を一にするかのようだ。

現在、市民たちはアンジェリカとキルティのように、“Tweetbomb(ツイート爆弾)”を組織することによって政策決定権者に圧力を掛けることができる。それは、例えば14万6,000人もの賛同者の1人1人が大臣に宛てて同一のツイートを同時に送りつけるような組織行動である。こうした賛同者の20分の1が参加したとしても、政府として特定の日に寄せられた7,000のツイートを無視するのは簡単なことではないだろう。

ハンガーストライキもオンラインで行われるようになった。The Hindu(ザ・ヒンドゥー)が3月に報道したように、全インド学生連盟が突然のロックダウン宣言が引き金となった飢餓の危機に抗議するための全国的なハンガーストライキを呼びかけた時には、驚いたデリー警察が直接彼らに連絡をとるに至った。当局としては、ハンガーストライキが本当に家庭内で実施されるのかどうかを確認したかったようだ。それから12時間にわたって、何千人もの市民が家庭内で行われたハンガーストライキを目撃し、その様子はハッシュタグを付けた写真とともにソーシャルメディアに投稿された。

想像してみて欲しい。スバルナが彼女のキャンペーンに賛同した人々全員と、彼女も会員の1人である変革を求めるオンラインコミュニティの”She Creates Change(変化を起こすのは彼女)”に参加している女性たちと集結し、家庭内労働の男女差別に抗議してストライキを決行しようと呼びかけ、その写真をソーシャルメディアに投稿したら、どのような事態になるかを。私には、汚れた食器があふれる台所のシンクや洗濯物で一杯になった籠の写真がTwitterやFacebookのフィードに次々と投稿される様子が簡単に想像できる。家事を平等に負担することをめぐる議論は長く必要とされてきたことだが、それがようやく始まったというのが私たちの認識である。 

筆者: ナムラタ・キルパディ
キャンペーン・マネージャー(Change.org インド)
編集者: メリー・インボング
ラーニング・アソシエイト(Change.org財団)