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5分間で読む-ステファニー・ブランカフォルテ

人々は離れていても、つながることができる

イタリアには、いつでも賑わっているバーチャルな「広場」がある

イタリア人は、夕方になると家の外に出て、街の広場で隣人たちと笑い合ったり、話をしたりするのが好きだ。今年になって新型コロナウイルスがものすごい勢いでイタリアに蔓延するまでは、こうした社会的交流は、私たちの美しい文化の一部だった。パンデミックが広がり、北部地域で死者数が急激に増加する中、イタリア政府も世界各国と同じように、さまざまな封じ込め措置を講じることを強いられた。そして、中心街や街の広場を賑わせていた、あの聞き慣れた人々の話し声があっという間に消え去ってしまったのである。

しかしながら、隣人たちと切り離され、自宅待機を強いられた人々は、ソーシャルメディアを通じて、近況報告を投稿したり、さまざまなオンラインでの活動を計画したり、“staying at home(ステイイング・アット・ホーム)”のハッシュタグを付けたメッセージをシェアすることにより、オンラインでの交流を楽しむようになった。 

こうしたオンラインでのつながりを求める動きが急増すると同時に、社会課題に対するアクションもまた増加していき、Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)でも新型コロナウイルスの拡大とともに多くのユーザーが活動を活発化させていったのである。今年の3月と4月のデータを、昨年の同時期と比較すると、Change.orgイタリアで立ち上がったキャンペーンに対する賛同数は2倍を記録した。

先行きへの不安が広がるにつれて、ステイホーム中の多くのイタリア人が指導者たちに向けて、学校の即時閉鎖、文化イベントやスポーツ大会の中止や延期など、自分たちの不安な思いをオンライン上で訴えたのである。また、通院して対面の診察を受けなくても、欠勤のための診断書を医師から発行してもらえるように訴えたり、感染者数を減らすために、政策の決定権者に対して在宅勤務や在宅学習の体制を整備することを求めるキャンペーンも次々に立ち上がった。

こうした市民たちの訴えが政策の決定権者たちに影響を及ぼし、いわゆるレッドゾーン、広範囲でのロックダウン、物理的なソーシャルディスタンスなどの措置が導入されるようになったのである。

Italians waiting their chance to enter a supermarket. Image credit: MikeDotta / Shutterstock.com

公衆衛生の担当者たちが、医療資材、防御服、病院のベッドの不足を声を大にして訴えたのを機に、深刻な感染状況にあったベルガモで「緊急野外病院を開設せよ」というキャンペーンに賛同者が殺到し、数日で成功を宣言するに至った。

また、増大する新型コロナウイルスの感染者を収容するため、ローマのフォルラニーニからシチリアのトリゴナまで、病院の再開を求めるキャンペーンも立ち上がった。

政府はこうした声に耳を傾け、聞き流すことはなかった。

医療従事者に敬意を払い、支援方法の模索を訴える人々がいたこともまた、心温まるエピソードである。自宅のバルコニーから、医師や看護師を拍手して励まし、できる時には医療従事者にプレゼントや食べ物を贈るイベントを行ったのである。オンラインでは「ミラノでは看護師は駐車場料金を払う必要は無い」というキャンペーンや、医療従事者の賃金を引き上げ、危険手当を支給するように求めるキャンペーンも立ち上がった。さらには、病院のスタッフにノーベル平和賞を授与することを求めるキャンペーンさえあった。

オンラインだけでなく、このように思いやりのある訴えはオフラインでも目にすることができた。毎夜、バルコニーで歌を歌ったり、食べ物を必要としている人のために、食べ物を入れたバスケットをそっと置いておくなどの活動が行われたのである。スーパーマーケットでは、あのイタリア人がソーシャルディスタンスの規則を守って、辛抱強く列に並んだのであった。教師たちは生徒たちのやる気を保つための方法を模索し、家を出ることができない人々のために食料品を代わりに購入するというボランティア活動を始める市民も出てきた。 

パンデミックは、家族、コミュニティ、国を物理的に分断することはできたが、人々のつながりや思いやりを阻止することはできなかった。ストーリーを語り、政治について議論を深め、音楽を楽しみ、癒しを得る場としてのバーチャルな「広場」は、最悪の日々にもいつも彼らのために存在しているのである。

筆者: ステファニー・ブランカフォルテ
エグゼクティブ・ディレクター(Change.org イタリア)